なんか気になる( `・ω・´) その10
この「事件記者」という番組。
昭和36年8月の電通視聴率調査では、関東地区で第2位の43・9%であり、「プロレス実況」に1位を譲っただけで、日本で制作したドラマ番組としてはまさに独走という盛況だったそうです。
後半4年間を受け持った坐古悠輔ディレクターは「好評だったので、1時間番組にのばせということになり、38年4月から同じ火曜日で30分繰り上げ、午後8時半放送開始の一時間単発読み切り形式にしたところなんと50%以上の視聴率となりました。
ところが39年、野村秀雄会長から殺人やチャンバラ場面を出すなと自粛令がでて、39年4月から午後10時からの30分番組に変わり、41年の1月になって突然春までで放送を打ち切ると通告された」と主な経過を伝えてくれました。