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   <title>パスタのあとは</title>
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   <subtitle>パスタだっておなかいっぱい食べたい！</subtitle>
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   <title>大阪の水辺再生　５</title>
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   <published>2011-10-18T03:10:56Z</published>
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      当時、まちづくりの目標を、「水都再生」とすることに決めました。


そして、ただ水都を抽象的なイメージで主張するのではなく、具体的なプランとして提案するために水都再生計画をつくることにした。


そのために歴史・都市計画・水利・環境・文化・経済といったいろんな分野の専門家によるチームを編成して、１年間じっくり研究し、ディスカッションをくりかえした。


その結論が、『大阪原風景-水都再生へのパースペクティブ』という一冊の本にまとめられました。


      
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   <title>大阪の水辺再生　４</title>
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   <published>2011-09-18T03:10:43Z</published>
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   <summary>市民が参加するまちづくりは、市民ぐるみの原風景さがしからはじまるといえないでしょ...</summary>
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      市民が参加するまちづくりは、市民ぐるみの原風景さがしからはじまるといえないでしょうか。


そんななかから、大阪の市民が探し当てたのは、まぎれもなく、「水の都・大阪」でした。


大阪が大阪らしい魅力を発揮するためには、この要素を抜きには語れない、という点で一致したのです。


大阪が今よりも輝いていた時代がありました。


それは数十年湖る、大阪にもっとも豊かな運河、海浜の水面があった頃だ、というのが多くの人に共通の思いでした。


      
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   <title>大阪の水辺再生　３</title>
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      「大阪をあんじょうする会」の仲間は、まず大阪を自分たちの目でじっくり見、街角で話し合うことからはじめようと行動をスタートさせました。


この「大阪を歩く会」は、川沿いの道、なくなった橋の跡めぐり、臨海工業地帯と歩き続けすでに５０回を超えました。


また、大阪の失われた風景をひとつひとつ堀りおこすために、語り部をさがし、「大阪を語る会」も続けた。


これらの行動は、過去をただなつかしむためのものではない。


わが都市の未来を構想するためには、まずその原風景をはっきりとさせねばならないと考えたからでした。


      
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   <title>大阪の水辺再生　２</title>
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      中之島の問題が「件落着したころ、市民の運動の、関心も、大阪という都市全体へと自然と広がっていきました。


中之島をまもる運動が中心となって、さらに多くの専門家、中小企業家や市民運動家などが大阪のまちづくりを軸に横のつながりをもとうと呼びかけられ、〈大阪をあんじょうするための集まり〉大阪都市環境会議が生まれた。


今、大阪ではこのグループが主体となって水都としての都市再生を提言し、キャンペーンを行なっています。


この集まりは、１９７９年の発足当初のネーミングより愛称の一大阪をあんじょうする会」として知られることになりました。

      
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   <title>温泉マーク</title>
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   <published>2011-07-02T05:00:36Z</published>
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      戦後、街には「温泉マーク」が氾濫しました。


後に、「ラブホテル」といわれるようになる連れ込み宿です。


いわゆる「赤線」区域に対して、表向きは飲み屋を装いながら、そこで働く女性たちが売春を行う「青線」が登場したのもこの頃です。


さらに、前年の昭和26年にスタートした民放ラジオは、広く一般大衆に受け入れられ、人気スター、人気番組が続出した。


そんな中で、27年から29年にかけて放送された「忘却とは忘れ去ることなり」という有名なナレーションで始まるNHKのラジオドラリ、『君の名は』が大ヒット。


放送時間中は、女湯がガラガラになるという伝説を残した。


いまに残る名キャッチフレーズ「アサヒビールはあなたのビールです」も、この年登場したものです。


      
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   <title>大阪の水辺再生　１</title>
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   <published>2011-06-18T03:10:07Z</published>
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   <summary>多彩でエネルギッシュな市民運動は、中之島東部一帯の歴史的景観を守り、活用すること...</summary>
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      多彩でエネルギッシュな市民運動は、中之島東部一帯の歴史的景観を守り、活用することにつながっただけではなく、これまで「開発一辺倒」でつき進んできたかの感があった大阪における都市建設のあり方に一石を投じ、少しずつではあるが方向転換への気運をつくりつつありました。


中之島では、中央公会堂の前に東洋陶磁美術館ができ、それと市庁舎との間にクスノキとケヤキの大木が並ぶ「みおつくしプロムナード」が整備され、難波橋をはじめ水晶橋や栴檀木橋の修景、大江橋と渡辺橋の中間点に新しいガーデンブリッジの建設が進んでいます。


また中之島公園から西に向かうプロムナードが着々と川沿いで延伸されており、その行き先である中之島西部地区では、大阪大学跡地やロイヤルホテル周辺で国際的な美術館、会議場の計画が進められてもいました。



      
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   <title>なんか気になる( ｀・ω・´)　その１１</title>
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      この「事件記者」という番組は、社会部記者という職業グループの新鮮さ、テンポの速い会話のやりとり、時事的な話題性、喜劇的な運びによる笑い等々がヒットした要因だろうが、タレントもこの大ヒット番組の役柄のイメージが定着してしまい、他の番組に出演できなくなっていました。


8年間も同じ番組に出演していると、俳優もその出演料が月給のようになってしまい、その番組に生活のすべてをかけていました。


ところが、NHKは突如、番組を打ち切ると方針を発表、かねてから病弱だったアラさんこと清村耕次は自殺。


出演者たちはその後の収入を断たれ、次の自殺者も出かねない状況となった。


では、その人気番組を民放で続けようということになり、作家の島田一男氏らが中心となって、電通の依頼でフジテレビで継続放送することにした。


だが、永井智雄ら俳優座グループは博報堂の後押しでNET(現テレビ朝日)で放送を続けることを決め、世にいう&quot;事件記者事件&quot;という広告代理店戦争が起き、前者は半年、後者は1年で、この人気番組の寿命を断ち切ってしまいました。

      
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   <title>なんか気になる( ｀・ω・´)　その１０</title>
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      この「事件記者」という番組。


昭和36年8月の電通視聴率調査では、関東地区で第2位の43・9%であり、「プロレス実況」に1位を譲っただけで、日本で制作したドラマ番組としてはまさに独走という盛況だったそうです。


後半4年間を受け持った坐古悠輔ディレクターは「好評だったので、1時間番組にのばせということになり、38年4月から同じ火曜日で30分繰り上げ、午後8時半放送開始の一時間単発読み切り形式にしたところなんと50%以上の視聴率となりました。


ところが39年、野村秀雄会長から殺人やチャンバラ場面を出すなと自粛令がでて、39年4月から午後10時からの30分番組に変わり、41年の1月になって突然春までで放送を打ち切ると通告された」と主な経過を伝えてくれました。

      
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   <title>なんか気になる( ｀・ω・´)　その９</title>
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      8年間続いた前半を担当した若林一郎ディレクターは「水曜目の午後8時から毎週30分ずつ前後編の生放送。


36年4月から火曜日の『お笑い三人組』のあとの午後9時に移った。


普通のドラマだったら45分か50分ぐらいの多い分量の脚本を書いてもらい、テンポの速いドラマ運びにしたのが、生活感を出せたのだと思います。


有名俳優がいなかったので、見る人は本ものだと思ってくれたし、ファンはそれぞれの役者に自分の分身をみる感じだったようです」と、視聴者の心理を分析していました。

      
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   <title>なんか気になる( ｀・ω・´)　その８</title>
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      こんにちは(^o^)ﾉ「事件記者」の背景に迫ります。


東京目報の相沢キャップ役の永井智雄が有名だったくらいであり、あとはほとんど無名の俳優でキャスティングしたが、イナちゃんの滝田裕介、べーさんの原保美、ヤマさんの園井啓介など東京目報記者をはじめ、新日タイムスの青海ドン・前田昌明、アラさん・清村耕次、中央目日のシロさん・近藤洋介、ガンさん・山田吾一、ウラさん・高城淳一、終盤に登場した矢島記者の藤岡琢也などは人気タレントとなって茶の間の話題を呼びました。


飲み屋ひさごのおチカさんこと坪内美詠子、捜査一課刑事役の宮阪将嘉、野口元夫、高島敏郎、木下秀雄、館敬介、藤岡重慶なども忘れられない&quot;刑事タレント&quot;たちでした。
      
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   <title>なんか気になる( ｀・ω・´)　その７</title>
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   <published>2011-03-04T03:48:47Z</published>
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      「事件記者」という番組について(^o^)ﾉ ＜ こんちわー


「事件記者」という言葉は、いまやどこでも通用するようになったが、それはNHKの「事件記者」(昭和33年4月141年3月)が大ヒットしたからであり、それ以前にはそんな日本語はだれも使っていなかったそうです。


その造語者である「事件記者」の脚本家・島田一男氏は「『刑事(でか)部屋』、『婦警物語』と二つの連続ドラマが当たり、&quot;警視庁シリーズ&quot;三部作として書いたのがこの企画。


新聞記者あがりなので、昔の仲間に聞くと、記者はすべて事件を取り扱うが、&quot;社会部記者&quot;&quot;経済部記者&quot;であり、&quot;事件記者&quot;というのはおかしいと反対されました。


だが、いい題が浮かばないので、仮題だった&quot;事件記者&quot;でそのまま放送すると、たちまち抗議がきた」と、語っていたそうです。

      
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   <title>なんか気になる( ｀・ω・´)　その６</title>
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   <published>2011-02-15T03:48:34Z</published>
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      今回も背景に迫ります( ｀・ω・´)


3代目デスク小池悌造氏は「午後1時から夕方まで、班会での議論が続き、あんなに討論し合う番組はないとうらやましがられました。


仕事以外何も考える余裕がなかった時代でした」と、スタッフの制作意欲がいかに高かったかを伝えてくれました。


事実、33年の「下水なき文化国家」「三軍の装備」「台風銀座」などの意欲作は熱気にあふれ「中央公論」での羽仁進氏と吉田直哉氏の&quot;素顔論争&quot;が社会的注目を浴びた。


36年4月報道局に移され、教育局スタッフは教育テレビで「現代の記録」を制作放送、39年4月「現代の映像」として新発足するまで、「日本の素顔」は306回、6年半続いたそうです。
      
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   <title>なんか気になる( ｀・ω・´)　その５</title>
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      昔の番組「日本の素顔」の背景に迫る( ｀・ω・´)


瀬川昌昭、荻野吉和、青木賢児など報道番組の名ディレクターも輩出しました。


2代目デスク石黒清朗氏は「『日本の素顔』という番組名を発案した吉田君は理論家で、当時彼は『コメント・バック』という部内用の技術用語を使い、これがはやった。


コメント(主張したい言葉)をバックアップするために絵(映像)があるのだという意味の拮抗(きっこう)が重要なのだと語っていた」と、当時の熱っぽいふん囲気を説明した。

      
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   <title>なんか気になる( ｀・ω・´)　その４</title>
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      昔の番組「日本の素顔」の背景。


まだ新進作曲家だった冨田勲が、第五集「生きている史跡」(江田島、横須賀などの再登場の姿を記録)の内容を聞き「曲想がまとまった」と作曲したテーマ音楽が好評だったことと、吉田直哉ディレクターがやくざの世界を通じて日本人批判をした第八集「日本人と次郎長」が秀作だったことにより&quot;素顔&quot;は番組として定着、テレビ・ジャーナリズムが日本にも誕生したと高く評価されました。


吉田氏はその後「ある玉砕部隊の名簿」(34年5月31日)、「隠れキリシタン」(同8月9日)、「板ばさみ(同11月15日)など、尾西清重ディレクターは「在日外人」(34年4月12日)、「右翼」(同7月5日)「黄色い手帳原爆被災者の周辺ー」(35年8月7日)など、大阪の玉井勇夫デイレクターは「ある底辺-大阪のカスバ西成-」(35年7月31日)、「海抜o地帯」(36年9月24日)、「黒い墓標ー石炭産業合理化の断面1」などの秀作を発表しました。

      
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   <title>なんか気になる( ｀・ω・´)　その３</title>
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      この番組では、変わった素材、日常接することができない特異な題材、ショッキングな材料を探し、それをフィルムでドキュメントすることから出発しました。


祈り願っている集団に体当たり取材した第一集「新興宗教を見る」をはじめ、勤務評定問題を扱った「嵐の中の先生」(33年9月16日)、学生運動を対象とした「全学連」(同11月30日)、水俣病を&quot;工場公害&quot;と初指摘した「奇病のかげに」(34年11月29日)、安保を取り扱った「九年間の記録ー安保から安保までー」(35年6月26日)など、その時々の社会の動きにカメラを向け、一つの主張を語ったそうです。
      
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