なんか気になる( `・ω・´) その7

「事件記者」という番組について(^o^)ノ < こんちわー


「事件記者」という言葉は、いまやどこでも通用するようになったが、それはNHKの「事件記者」(昭和33年4月141年3月)が大ヒットしたからであり、それ以前にはそんな日本語はだれも使っていなかったそうです。


その造語者である「事件記者」の脚本家・島田一男氏は「『刑事(でか)部屋』、『婦警物語』と二つの連続ドラマが当たり、"警視庁シリーズ"三部作として書いたのがこの企画。


新聞記者あがりなので、昔の仲間に聞くと、記者はすべて事件を取り扱うが、"社会部記者""経済部記者"であり、"事件記者"というのはおかしいと反対されました。


だが、いい題が浮かばないので、仮題だった"事件記者"でそのまま放送すると、たちまち抗議がきた」と、語っていたそうです。

なんか気になる( `・ω・´) その6

今回も背景に迫ります( `・ω・´)


3代目デスク小池悌造氏は「午後1時から夕方まで、班会での議論が続き、あんなに討論し合う番組はないとうらやましがられました。


仕事以外何も考える余裕がなかった時代でした」と、スタッフの制作意欲がいかに高かったかを伝えてくれました。


事実、33年の「下水なき文化国家」「三軍の装備」「台風銀座」などの意欲作は熱気にあふれ「中央公論」での羽仁進氏と吉田直哉氏の"素顔論争"が社会的注目を浴びた。


36年4月報道局に移され、教育局スタッフは教育テレビで「現代の記録」を制作放送、39年4月「現代の映像」として新発足するまで、「日本の素顔」は306回、6年半続いたそうです。

なんか気になる( `・ω・´) その5

昔の番組「日本の素顔」の背景に迫る( `・ω・´)


瀬川昌昭、荻野吉和、青木賢児など報道番組の名ディレクターも輩出しました。


2代目デスク石黒清朗氏は「『日本の素顔』という番組名を発案した吉田君は理論家で、当時彼は『コメント・バック』という部内用の技術用語を使い、これがはやった。


コメント(主張したい言葉)をバックアップするために絵(映像)があるのだという意味の拮抗(きっこう)が重要なのだと語っていた」と、当時の熱っぽいふん囲気を説明した。

なんか気になる( `・ω・´) その4

昔の番組「日本の素顔」の背景。


まだ新進作曲家だった冨田勲が、第五集「生きている史跡」(江田島、横須賀などの再登場の姿を記録)の内容を聞き「曲想がまとまった」と作曲したテーマ音楽が好評だったことと、吉田直哉ディレクターがやくざの世界を通じて日本人批判をした第八集「日本人と次郎長」が秀作だったことにより"素顔"は番組として定着、テレビ・ジャーナリズムが日本にも誕生したと高く評価されました。


吉田氏はその後「ある玉砕部隊の名簿」(34年5月31日)、「隠れキリシタン」(同8月9日)、「板ばさみ(同11月15日)など、尾西清重ディレクターは「在日外人」(34年4月12日)、「右翼」(同7月5日)「黄色い手帳原爆被災者の周辺ー」(35年8月7日)など、大阪の玉井勇夫デイレクターは「ある底辺-大阪のカスバ西成-」(35年7月31日)、「海抜o地帯」(36年9月24日)、「黒い墓標ー石炭産業合理化の断面1」などの秀作を発表しました。

なんか気になる( `・ω・´) その3

この番組では、変わった素材、日常接することができない特異な題材、ショッキングな材料を探し、それをフィルムでドキュメントすることから出発しました。


祈り願っている集団に体当たり取材した第一集「新興宗教を見る」をはじめ、勤務評定問題を扱った「嵐の中の先生」(33年9月16日)、学生運動を対象とした「全学連」(同11月30日)、水俣病を"工場公害"と初指摘した「奇病のかげに」(34年11月29日)、安保を取り扱った「九年間の記録ー安保から安保までー」(35年6月26日)など、その時々の社会の動きにカメラを向け、一つの主張を語ったそうです。

なんか気になる( `・ω・´) その2

現代だと「安い!」と思いますが・・・・・


「カメラを持ってくると1日4千円、当時NHKのカメラマンの月給は1万2千円ほどだったので、3日間働けば職員の月給と同じになったそうです。フィルムは30分番組の3倍の分量だけ、ロケは4日間と制限、10回放送するまでにあてなければやめにする、とハッパをかけて始まった」と、のことでした。


企画書ふうに書くと「日本の素顔」は「日本社会のありのままの姿を、ある断面においてとらえ、これを掘り下げて分析し、人びとに社会の現実に対する認識と批判の材料を提供するもの」であり、生動する現実それ自体を一種の"ドラマ"とみなし、問題の所在の分析・解明をねらったものでした。

社会的市場経済へ移行

第一野党のCDUはこれらの問題は住宅市場を、いわゆる社会的市場経済へ移行させることで解決できる、つまり、家賃に対しては住宅手当による援助を行い、住宅は市場による供給を基本とすべきであるという立場に立って、費用家賃制度の廃止、古い社会住宅の一般住宅化、社会住宅建設の対特定グループ収敏化などの主張を行っています。


与党のSPDも社会住宅制度の方法的問題に対して、例えば、ストックの適正配分を図るための〃不当居住徴集金"を導入しようと考えています。


これによって高額所得居住者に対する社会住宅の明渡し圧力、ないしは、社会住宅建設資金のデスクトップ仮想化を狙っているわけです。


それに対してCDUは、前記の古い社会住宅ストックの自由化(公的資金の早期支払い、あるいは公的資金の金利の引上げ―8パーセント)を対置しているなど複雑な状況があります。


なんか気になる( `・ω・´) その1

なんか気になるんです「日本の素顔」。


「ラジオの録音構成のような番組をフィルムを使って出来ないものか」という発想が、昭和32年11月10日初放送の「日本の素顔」を生むきっかけとなったそうです。


しかし、当時のNHKにはスタッフも資材もすくなく、これを実現するのは大冒険だったそうな。


教育局社会部の"素顔"初代デスク小田俊策氏は「報道局とカメラマンの取りっこをし、外部からアルバイトの応援を得たりしていました。」

一生続く歯磨きのコツ・・・子供は力を入れてゴシゴシ磨く3

子供は、隅から隅まで掃除するという感覚が分かりにくいことが多いので、ときどき親が子供の口の中をのぞいて、汚れているところを教えてやったり磨いてやったりする必要があります。

子供に多い歯肉の炎症は歯磨きによって簡単に治ってきます。
歯肉が赤く腫れぼったくなっているような子供は歯磨きが悪い証拠でもあります。

なお歯の接触部にはフッ素がとくに有効ですから、フッ素のうがい(フッ素洗口)をすることは子供のむし歯予防に極めて有効です。

子供の歯磨きで、一番問題になるのは、歯の磨き方もさることながら、それ以前にまず毎日歯磨きをやるかどうかということかも知れません。

一生続く歯磨きのコツ・・・子供は力を入れてゴシゴシ磨く2

大人のむし歯(歯頸部、歯間部に出来やすい)と違って、子供のむし歯は歯の表面にある溝や、歯と歯のくっついている部分(隣接部)に出来やすいために、これらの部分をきれいにする必要があります。

しかし、子供にそんなことを言ったところでなかなか出来るものではありません。
また、子供に難しい歯磨き法を教えたところで、うまく出来るものではありません。

そこで、子供は力を入れて、単純に隅から隅までゴシゴシと磨けばいいということにしておきます。
具体的には先に述べた基本法と同じで、歯ブラシの毛先を歯の表面に直角に当て、そのままゴシゴシと前後に動かす方法が最も適しています。

つまり歯ブラシをひねったり回転させたりせずに、"たわし"でこする要領で、歯ブラシの毛先を使って口の中を細かく、隅から隅までゴシゴシとやることです。
これが「スクラブ法」と言われる方法です。

歯磨き剤は出来るだけ少なめにします。
たくさんつけると、その味と泡にだまされて磨き方がいい加減になってしまうことが多いからです。